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| プロフィール |
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Author:nobu
バンコクはシーロムで『Chabaco』という和カフェ&レストランを運営しています。脱サラした今、頼れるのは自分だけ! ということで、オフショアの投資に興味を持ち、海外投資を始めてみました。 香港やシンガポールと違い、タイ、バンコクからのオフショア投資なり資産運用というのは中々情報がないようです。 そこで、バンコク在住であることのメリットを含め、自分が経験したこと、これからするであろうことを、色々と書いていこうと思っています。 今現在ファイナンシャルプランナーの資格を取るべく勉強中です。資格取得後は、タイ国内、主にバンコク在住の方の、資産運用等のアドバイザー的なことも兼ねながら、お店に関しては、資産運用に興味のある方の情報交換が出来るような、サロン的なカフェにして行きたいと思っています。
ということで、このブログをみられている方で、バンコク在住の方、ぜひお店の方にも遊びにきてください!
お店のホームページ http://www.chabaco.com
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| 脱サラへの道(その4) |
1999年から2001年までシンガポールにおりました。 仕事時間的には、日本と違って結構余裕も出来たし、土日も、隔週週休2日でしたが、思いやり休日出勤はほとんどなく、友達と飲み食いに出かけたり、ゴルフにいったり、生活をかなりエンジョイさせてもらってました。
でも、3年経って。やっぱりモントリオールが好きや、と(もー病気やね、ほんま)。
で、今度こそ、ほんとに辞めることにしました。
書いてみると、別にこんな長々と引っ張るほどのネタではないような。。。。 (読者離れをまねきそーな感じはしますが、なんとかお付き合い下さいませ)
モントリオールのレストラン。その時は、3店舗+Take Away専門の店を複数店抱える、モントリオールでも大きなレストランチェーンになってて、4店舗目を出すタイミングでした。
で、カナダ側にお願いして、了承を得て。
しかし、上司に辞めたいというお伺いをたてるのは2度目とはいえ、慣れないというか、胃が痛くなったのを今でも覚えています(^_^;)。
さすがに2度目ということもあって、上司も呆れては居ましたが、しょうがーないなぁ、という感じで、強く引き止められはしませんでした。
でも「給与の面とか、色んな部分で今の方がええのになんでわざわざそっちを選ぶねん? だいたい、料理人でもないお前がほんまに仕事出来る思うんか。そんな簡単な商売ちゃうと思うぞ」と。
(いみじくもこの言葉、後で正解だなって思い知らされることになります。。。)
最終的には「ま、頑張れ!」ってなことで、退職することになり、カナダ側からも、カナダサイドの労働許可というか、外人を雇い入れていいという枠取りが出来て、後は日本大使館がビザの判子を押すだけ、とゆー状態になりました。
これで、あの愛しのカナダに住める! などと浮き浮きしていた私ではありました。。。。
で、何で今タイなの?? とゆー。そーゆー謎が出てくるかと思いますが、それは次回以降で!(まだ続くの?!)
-その5に続く-
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| 脱サラへの道(その3) |
それから1年後のこと。カナダの話は、頭の片隅には残ってて、でも仕事に没頭する日々だったのですが、転機が訪れます。
『早期希望退職者募集のお知らせ』
え? と。なんか、辞めるということを、具体的に考えたことが無かったんですが、「会社が辞める人を募集してる!」とゆーことで、急に、モントリオールの話と繋がって。
将来の駐在員候補という形で、もともとは「3年から5年で海外に。。。」みたいな話もあり、毎年配置転換の希望には「海外!」と書き続けていた私ですが、異動の気配は全くないし。。。。
で、まずは一人で悩んだ末、モントリオールがどーしても忘れられない(なんちゅーか、あの当時は、アホみたいに恋してましたね、恥ずかしながら(^_^;))、ってことで、結局、上司に「希望退職させて下さい!」と話をし。
でも、紆余曲折の末、有り難いことに引き止めを受け「そんなに海外に行きたいんやったら、うちのシンガポールのポストがちょうど空くことになったから、そこへ行くっちゅーのはどうや」との話で、結局会社に残り、シンガポールに住むこととなりました。1999年の夏の話です。
-その4に続く-
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| 脱サラへの道(その2) |
1998年。お盆休みに、気分転換のため超久々にカナダはモントリオールを訪ねることにしました。昔お世話になった兄貴分の家に泊めてもらいながら、昔話に花が咲く中、兄貴分が一言。
「ノブ。お前そんなにモントリオール好きやったら、帰ってくるか! 今うちの店、新店舗出すんで、スタッフ必要やねん。労働許可だせるし、どないや?」
Jさんは、ワーホリ時に働いてたレストランのシェフだったんですが、今や独立して、2店舗目を出す状態になってたのです。
「いや、でも僕料理人ちゃいますし、そんなん無理でしょ」
「仕事はこっちで教えるから。料理が分かってても、すぐ辞めてしまう人間なんかでは困るねん。逆に、お前みたいにホンマにモントリオール好きでずっと住みたい! っておもてるやつのほうが、長い目でみたらええと思うし。お前もこっち住みたいやろ!」
本音の部分では、“むちゃむちゃ住みたい!”と思ってたんですが、思ってもみないオファー。また、料理は、バイトでちょっとキッチンヘルプとかしたことはあるけど、本職とは全然違う話しやし、自分にそんなん出来るんかいな、とか。
結局、その時は、具体的なことには一切ならず、日本に戻って、また働き蜂の日々が続いたのでした。。。
-その3に続く-
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| 脱サラへの道(その1) |
さて。脱サラに至る過程をさらっと。。。
もともと、サラリーマンをしてたんですが、別に独立志向が強いとか、野望に燃えて、なんて訳で脱サラしたんじゃないんです。
話は1992年に遡ります。
当時、大学4回生で卒業せず(を! 歳がバレますな(^_^))、5年目を休学し、生まれて初めての外国、カナダへワーキングホリデーに出かけました。もともとは、アメリカの映画や音楽オタクだったので、アメリカを自由旅行したい! でも英語しゃべれんし。。。ってなことから、ワーホリ制度を知り「隣国のカナダに住んでれば、多少英語も出来て、アメリカ個人旅行も大丈夫になるやろ!」みたいな、かなりいい加減な動機なカナダ行きでしたが(カナダ=アメリカの隣、ってことしかイメージなかったとゆー。。。アホですな)、たどり着いたモントリオールが凄く好きになってしまいまして。
その後、大学の交換留学でオーストラリアのパースにも一年住みまして。
それらの経験から、将来は絶対海外に暮らしたい、と。そういう気持ちはありました。なんか、海外の方が気楽だった、というか。周りに流されなくて、自分らしく居ることが可能っていうか。
でも、海外就職等はせず、日本の地元企業に就職。
ちなみに、面接で、当時の常務との会話で、将来の夢的なことについて聞かれて「いつかは、海外で暮らして、自然を楽しんだり、週末は友人達とBBQしたりとか、質素でも普通にのんびりくらせたら。。。」みたいなことを話してたら「夢見る夢子さんやな」と、後で社内で話してたそーです(今現実に住んでますけどね!(^_^))。
で、東京支店に配属。物流機器メーカーの営業。工場の設備を売ってました。
仕事自体は嫌いではなかったんですが、要領の悪いせいもあったんでしょうが、なんせアホほど長時間労働で。
朝9時から夜は11時半で早い! 12時半って時も多々あり。帰宅までそれから1時間かかって。結構な頻度で徹夜で会社に泊まったり。
あと、土曜日は90%以上思いやり休日出勤。下手すると日曜も潰れる、とゆーような生活で。
「早く人間になりたーい。。。」
いや、ほんまそう思いましたよ、あのときは。マジで。
-その2へ続く-
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